2016.04/03(Sun)

μ's Final LoveLive!~μ'sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪~ノコト

μ's Final LoveLive!~μ'sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪~、両日終了。
木曜はLV、金曜は現地で見届けた。

全体の構成はこれまでの歴史をなぞるような感じで劇場版へ流れ込んで蓮の花で締めるというもの。
AAで扇子の金色の軌道がエフェクトで再現されてたり、最後にステージが割れて劇場版ラストのような巨大な蓮の花ステージが出てくるなど、憎い演出が多々あり、精神だけでなく視覚的な限界も無事に迎えられた。死ってやつ。
どこで一番泣いたって、μ's Chronicleで3rdの映像とともに僕今のイントロが流れたところですよ。思わず「あぁぁぁぁぁ」って頭抱えてマジ泣き。2日目の僕光後に円陣組んで「ありがとう」をぶつけあってる9人はもう、ただただ美しかった。

詳しいことや綺麗なことは他の人のレポや以下の公式でどうぞ。

-> 【『ラブライブ!』μ’sファイナルライブレポート】“いまが最高!” ドームが、世界中が、全力で歌い踊り輝いたμ’s東京ドームファイナルライブ!!

-> μ’s:東京ドームで“ファイナルライブ” 「私たちはずっとμ’s」 今後の活動は語らず





以下、クソ所感。

あれはファイナルが告知された時だっただろうか。公式が「μ'sありがとうProject」と題して劇場でのPVや過去のライブ映像の上映を始めたのは。これを見た時、プロジェクト名に「ありがとう」って単語が入ってたのがとても好きだった。
公式とユーザ側、双方から発せられる「ありがとう」がファイナルの日に近付くにつれて大きくなっていってるのをTwitterのハッシュタグや街の様子を見ても容易に感じ取れた。ファイナルを見るまではこの「ありがとう」の範囲と意味はここまでだと思っていた。けどそれは、ちょっと違ってた。

ファイナルを見て、この「ありがとう」は自分と目の前の現象に留まらない、時間や人を超えて繋がる感情の連鎖だったんだと感じた。この日に至るまでのすべての道程、関わった人々への感情や感謝はもちろん、ラブライブ!の企画開始以前の人類史への感謝でもあったのだ。果てはこの地球、いや宇宙の誕生にまで遡るだろう。それらが無ければ、今この瞬間は無かったのだから。いろいろな連鎖の上にそびえ立つ最高の輝きを私は東京ドームという今のなかで見たのだ。あの日の光はきっと、ビッグバンの光よりも大きく、美しかっただろう。ドームで見ていた人、日本中の200を越える数の劇場で見ていた人、海の向こうの10ヶ国で見ていた人。みんなが「ありがとう」の感情でひとつの光となり、繋がった。この繋がりのリングは間違いなく何よりも美しい。
「ありがとう」ってこんなに広く深く、いい言葉だったのかと気付かされた。

……。
……?
いやーーーーー。
ダメですね、これは……。
こえらぶ!の原稿書く時の姿勢でいたんだけど、まとまんねえや。
まとまるような感情じゃなかったんだよ(台無し)

あとこれは個人的なことかつ非公開なものばかりだけど、裏でラブライブ!のライブ後打ち上げの情報まとめ用に特設サイトを作ったり、楽曲データベースを作ったりしていたのだけれど、全部じゃないけどそこでフッターに「Thanks, Love Live!」の文字列を入れてきてた。気付いてる人いたかわからないけど。あれもライブ後に「もうありがとうしか言えねぇ……なんだこれ……」って都度都度感じてたから。そう思ってたから、公式からその単語が返された時は素直に嬉しかった。いろいろなことはあったけど、信じてよかった。

胸に焼き付いて、決して消えない言葉。
「ありがとう」
この5文字の文字の力強さ、本当の意味を改めて実感した。
そんな6年間の最後の2日間でした。

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